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「浜口陽三」作家略歴


    1909年   和歌山県に生まれる。 

  1915年   千葉県銚子市に移住 

  1930年   梅原龍三郎の助言により東京美術学校を中退、渡仏 

  1937年   最初の銅版画制作「猫」 

  1939年   第2次世界大戦のため帰国 

  1953年   再び渡仏、パリに定住 

  1954年   現代日本美術展で受賞

          「スペイン風油入れ」「ジプシー」 

  1955年   この頃からカラーメゾチントを制作「西瓜」 

  1957年   第1回東京国際版画ビエンナーレで東京国立近代美術館賞を受賞
          「水差しとぶどうとレモン」「青いガラス」

           サンパウロ・ ビエンナーレで日本人として初めて大賞を受賞

          「魚と果物」「したびらめ」「西瓜二切」等 

  1961年   リュブリアナ国際版画展(ユーゴスラビア)で受賞 

  1972年   第4回クラコウ国際版画 ビエンナーレで受賞
          「びんとさくらんぼ」 

  1981年   パリからサンフランシスコに移住 

  1982年   北カリフォルニア版画大賞展でグランプリ受賞
          「西瓜」 

  1984年   サラエボ冬季オリンピック大会でオリンピック記念ポスターに
          「さくらんぼと青い鉢」が採用される 

  1996年   帰国 

  2000年   12月25日、逝去 享年91歳 






浜口陽三は簡素な主題と複雑な版画制作技法であるメゾチントを結びつけ、
カラーメゾチントの技法を開発し、現在、世界的に代表的銅版画作家の一人
として広く知られている。

1909年三百年以上続く醤油醸造を営む和歌山県の旧家の三男として生まれた。

1930 梅原龍三郎の助言により東京美術学校を中退し、渡仏した。パリで油彩
を学び、1939年第2次世界大戦のため帰国したが、1953年再び渡仏し、パリに
定住。この頃からカラ−メゾチントを制作するようになった。

メゾチントとはフランス語でマニエール・ルノワール=「黒の技法」と呼ばれ
るもので、17世紀にドイツで発明され、絵画の複製に用いられた古典的に銅版
画の技法である。銅版にベルソーという道具を用いて、無数の微細な傷をつけ
て凹版を造るものである。
そして、彼はカラーメゾチントを絵として昇華し、独自の芸術にまで押し上げ
た。

エンサイクロペディア・ブリタニカの「メゾチント」の項目で、「20世紀の半
ばの最も名高い、孤高ともいえる主導者」、「カラ−メゾチントの新しい技法
を開拓した作家」と紹介されている。

浜口陽三は、生涯の多くをパリ、サンフランシスコと国外に暮らし、高度な
技術から生まれる繊細で静謐なその作風は、他の追随を許さず、高い評価を
得て世界を舞台に活躍したが、1999年東京で亡くなった。



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